■ おはよう
 薄っすらと戻ってきた、まだいくぶん霞のかかっている意識に、Jは自分が昼寝をしていた事を思い出す。
 すっきりと晴れ渡った空と絶え間なく吹きぬける風が気持ちよくて、しばらく放置していた庭の手入れをしようと、建物の裏に出てきたのだ。
 雑草を抜いて、弱っている苗を頑張れそうなのともう駄目そうなのとで選別して、間引いて、それから新しく植える種類を考える。
 同時進行で作業をこなしていて、疲れたから少しだけ休もうと思い、木陰に腰を下ろしたのが最後の記憶だ。


 そういえば、意識が完全に飛ぶ少し前に、土屋に声をかけられたような気もする。 うっかり生返事を返すこともできなくて軽く聞き流してしまったが、もしかして何か、大切な用事だっただろうか。
 起こされなかったから、急ぎではないと思うのだが。
 ぼんやりと考えながらゆるゆると開いた瞼の向こうには、お腹の辺りにかけられた白い布地があった。ふにゃりと微笑み、Jはそれを引き上げ、膝を折り曲げた座り方へと姿勢を移す。
 膝と一緒にその布地、おそらくは羽織っていたものをそのままかけてくれたのだろう白衣を抱きこんで鼻先を押し付ければ、コーヒーとタバコと、そして土屋のにおいがする。
 きっと、声をかけてくれたときに、冷やすといけないから、とか言ってかけてくれたのだろう。あとでお礼を言っておかなくてはと思いながら、そんな気遣いが嬉しくて、やってきたまどろみの波に、幸せなまま身をゆだねる。


 日なたの空気はうだるような暑さを持っていても、木陰は心地よい涼しさを保っている。この季節にしては珍しく湿度も低く、肌に感じる風がまた快い。
 白衣は腕の中に抱きこんだまま、背中に感じる木の幹に背を預け、姿勢をわずかに直す。それから瞼を落として、Jは、土屋のにおいとやわらかい闇の中に、ふわふわと意識を流す。
 建物の方から、最近ようやく耳慣れてきた、甲高いいくつもの声が響いてくる。
 これが空耳でないなら、きっともうすぐ、あの声の持ち主たちにねだられて、土屋が自分を起こしにくるはずだ。
 その瞬間に遭遇したくて、もう少しだけ、夢と現の狭間を漂っていることにする。
fin.
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 最初のひとことを伝えよう。
 はじまりを告げる言葉。夜明けを告げる言葉。
 わたしに、希望を告げることば。

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