第四章 --- 夢の続き

■ 第一話 --- 償いの術
 話しているうちに押し隠す気が失せたのか、それとも自棄になったのか。ロルは饒舌だった。
「肉体強化や戦闘訓練、果ては思想教育を施すことで、戦争で使える手駒を作るんだ。オレはその一環で作られた“商品”の一部だし、さっき襲ってきた連中も、きっと同類だ」
 一旦言葉を切って視線を巡らせ、突飛な話に困惑しているらしい一同を、なんともいえない表情で眺めやる。
 ほら、ここにも、なにも知らない人々の見本がいる。
 知られなければ罪は問われることもなく、罰は課されるわけがない。誰からも非難を受けず、堂々と悪事が積み重ねられる。
「ハースにもちょっとは話したけど、武器の密輸ぐらいしか知らなかったみたいで、どうにもならなくて」
「ハースとは、ドワイト・ハース上院議員のことかい?」
「知ってるのか?」
 胸郭に溜まりこんでいた息を吐き出し、誰にともなく呟いたロルに、確認口調で返す声があった。驚いた様子で問う少年に、土屋は苦笑交じりに答える。
「世界中の注目の的じゃないか」
 思いもかけず飛び出してきた大物議員の名前の意味を、口にした当人であるロルは、いまいちわかっていないようだった。


 ドワイト・ハースは、今秋にある大統領選にて、現大統領の対抗馬として名乗りを上げている人物だ。NGOとの連係プレーにより、そのPR作戦にロルの存在をふんだんに使っていることは周知の事実。もっとも、軽々とその名を出せるほどに少年が議員とのパイプを築いているとは、土屋も思わなかったのだ。
「そうか、ガーフィンケル社の武器密輸か」
 しばしの黙考の後、土屋は得心がいったという様子でしきりに頷いた。
「博士? ひとりで納得してないで、おれにも説明してくれよ」
 飛び交う単語に目を白黒させるしかできなかった豪が、身近な大人が使い物になるらしいことを察知して、素早くにじり寄る。
「ガーフィンケル社は軍事産業、ええと、武器を作るのがメインの大企業なんだ」
 口を開けばさっそく難しい顔をされてしまい、土屋はよりやさしく噛み砕いた単語を探し、視線を泳がせながら続ける。
「元軍人も多く勤めていて、政界にも影響力を持っていてね。でも、昔から黒い噂があるんだ」
「黒い噂?」
「武器と麻薬の密輸。それから、複数の議員や軍関係者、そして、現職大統領との癒着だ」
 不穏な単語を聞きとがめた烈が繰り返せば、その答えは、土屋とは別の方向から飛んできた。厳しい表情を更に引き立たせる険しい声の主、アーヴィングは、忌々しげに眉を寄せている。
「なるほど、どおりでこの任務の人事を決める際に、あれこれと横槍が入ったわけだ」
「われわれは、ハース議員に直々に推していただいたんですよ」
 やはり苦い表情で補足し、ドゥルーズは視線をロルへと流した。
「ガーフィンケル社の裏の顔を知りうる証人ならば、是が非でも守りたいでしょうし、意地でも殺したいことでしょう」
 本来ならばロルは、護衛をつけられるほどのたいした立場にあるわけではない。ただ、かの大企業の陰の一面が絡むのならば別の話だ。証拠は残さず、いつでもぎりぎりの一線ですべての追求を煙に巻く彼らの尻尾を捕まえられる、最高の切り札になりうる存在ならば。
 不自然なほど過剰にロルを守ろうとするハースと、その反対勢力との間で表には見えないひと悶着があったことを、ふたりの男たちは初めて明かす。
「その抹消作戦が、これだろうな。まさかお前らほどの知名度を持つ人間までを巻き込むとは、ハースも思わなかったんだろ」
 そうでないならば事前にあの手この手で阻止されていたはずだと、ロルは皮肉な笑みを刻んだ。
「でも、だったらそのハースってやつに助けてもらえばいいんじゃないのか?」
 一通りの説明が終わったことを見てとったのか、きょとんと首をかしげ、豪はロルへと話を振った。
「通信手段がない。それに、ここだってどうせ、表向きに言われているのとは別の島だ。たとえ連絡がついても、助けがくるより先に別の手を打たれるのがおちだ」
 第一、これらのやりとりすらすべて、きっとルーカスには筒抜けになっているのだろう。たった一人の手の上でいいように弄ばれ、できることといえば悪あがきぐらいなもの。冷静に置かれた状況の悪さを分析し、少年は目を伏せる。
 大人たちはそうでもないのかもしれないが、豪をはじめ、子供たちはまだ、事態の重さをわかってくれていない。理解し、そして恐慌状態に陥られるのと、なにもわからないままに終焉を突きつけられるのと、どちらの方がいいのだろうと、物騒な考えがロルの脳裏を駆け巡る。
 と、なにを思ったか、その隣に座り込んでずっと黙って話を聞いていたJが、ふと顔を上げた。
「ここが、君の言っていた問題の施設であることに、間違いはないんだね?」
「ない」
 間髪おかずに断言したロルに、Jは口角を吊り上げる。
「なら、勝算がまだ残されているかもしれない」
「どういうこと、Jくん?」
 きょとと目を瞬かせ、烈は友人の不可思議な言動に説明を求める。
「情報戦に持ち込んじゃえばいいんだ。幸い生き証人もいることだし、ここは証拠の宝庫なんだし」
 不敵な笑みと共に、少年は続けた。
「通信手段さえ押さえられれば、いまからでも形勢逆転はできるよ」


「なに、考えて……」
 突飛な発言に誰もがまっとうな声の発し方をも思い出せない中、表情をこれでもかというほど歪め、ロルがようやく反応を示した。聞き取るのがやっとなほどにひそめられてはいるが、そこに滲む戸惑いの色は濃い。
「逃げ切ること」
 軽やかに、自分の置かれた立場などまるでわかっていないような調子で返された言葉に、ロルはこめかみの痛みを抑えきれない。
「心当たりでもあるのか?」
 しかも、大真面目な顔でリョウが同意するような意見を続けたものだから、その痛みはますますもって酷くなる。
「さっきのルーカスっていう人、まるで外から通信を入れているみたいな口ぶりだった。それに、ここから外に出る手段を置いていないなら、連絡手段ぐらいあるのは当然だと思う」
 向けられる鋭い眼光をまっすぐに受け止め、Jは手際よく答えを返す。
「言われてみれば、そうだすな」
「ま、このまま手をこまねいているよりは、よっぽど現実的な話でげすね」
「私も、やってみるだけの価値はあると思うよ」
 納得したような二郎丸の声を皮切りに、次々と返される首肯。それらに笑みを深めていたJはするりとロルに視線を流し、寂寥感を伴う、たおやかな声を紡ぎだす。
「ボクは無力だ。でも、それなりに力にはなれると思う」
 はんなりとした笑みに縁取られるそれは、鼓膜を震わせ、ロルの思考に波紋を広げる。
「なんだってするよ。これ以上、大切な人を失うのはもう嫌なんだ。そのためになら、ボクはどんなことも厭わない」
 自己満足に過ぎないかもしれない。贖罪と呼ぶには足りない。それでも、どんなに小さなことでも行動に移さないと、ただ失うだけの結果を得るのだと、Jは知っている。
 側で笑っていてくれる友人を、見守ってくれる大人を。そして、いつだって手を取って隣にいてくれた、大切な家族を。損なうわけにいかない存在のためになら、惜しみ、躊躇するべきものなどなにもない。
「ボクは君を犠牲にした。君の場所に、ボクも立っているはずだった。それを、君に救われた」
 凛とした声の告げる唐突な懺悔の言葉に、ロルははっと目を瞠る。視線は逸らさないまま、Jは泣き出す寸前のような表情を笑みに紛らわせようと足掻きつつ、ひと言ひと言を噛み締めるように、ゆっくりと続ける。
「君のためなら、代償に命を求められたとしてもかまわない。今度は、ボクが君の力になりたいんだ」
 ふつりと、ロルは耳の奥に、なにかの途切れる音を聞いた気がした。
 少なくともJは、この場に居合わせる誰よりも事情を深く理解していて、ロルの素性も正しく察している。その上で、こんなにも純粋な言葉をぶつけてくる。やさしいゆえの残酷さを、誠実ゆえの非情さを込めて。
「可能性なんて、無いに等しいんだぞ?」
 見つめる視線から逃れるように伏せた目の先。冷たい色を刷く床を睨みつけ、ロルは呻くように言葉を振り絞る。
「悪あがきに終わる確率の方が高いし、危ない目にあうかもしれない」
「んなもん、臨むところだぜ!」
 溢れ出さんばかりの自信をもって応じたのは、豪だった。
「なにもしないで結末を待ってるのは、僕たちの性に合わないしね」
 烈が音のしそうなほど見事な笑顔で断じたのを契機に、全員が入り乱れての作戦会議へとなだれ込む。ようやく顔を上げ、その様子をぼんやりと見渡したロルは、内部事情のわかる人間が必要だと呼ばれ、話の輪にのろのろと加わる。
 部屋の配置をはじめ、問われる内容に淡々と答えていたロルは、向けられる問いかけが一段落したところで、先ほど言いそびれてしまった言葉を発する。
「ありがとう」
 なにに向けての謝礼の言葉なのかと、いぶかしげに返される視線がほとんどだったが、ロルはそれ以上、なにも言わなかった。
 続きはまた後で、すべてが片付いてから告げればいい。いまはただ、可能性を信じるだけの力をくれたことへの、無上の感謝を込めて。
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