■ 街角
 本当は、暑さに耐え切れなくなって、アイスの買出しに行くやつを決めるためにやっていたじゃんけんだったのに、気がついたらついでにジュースやらスナックやらの買い物も押し付けられていた。
「――断らないオレって、やっぱいいヤツ?」
 なんだかんだと文句を言いつつ、けっきょく頼まれたものを買い込んで街中を歩きながら、エッジは独り言に添えてふうと首を小さく揺らす。
 まずは温度とか持ち歩く時間とかにあまり気を遣わなくていいスナックからはじまり、次はジュース。近くのコンビニですべてを終わらせようと思ったのに、食べたいアイスが見つからなくて、なんとなく癪だったから遠出をすることに決めたのだ。
 とはいえ、宿舎周辺の地理には疎いわけでもないが詳しいわけでもない。とにかく近所の商店街まで出てきたはいいものの、さてここからどうしようかと、少年はのんびり足を運びながら考える。
「あれ? エッジくん?」
「お、Jじゃん」
 背中からかけられたのはやわらかな声で、振り向いた先には、声同様やわらかな表情を浮かべた、ライバルチームの一員がいた。


「どうしたの? 買いもの?」
「じゃんけんで負けて、この暑さの中、一人寂しく買い出しさ」
 小走りに追いついて隣に並び立ち、Jは、それは運が悪かったね、とやっぱりやわらかく笑った。大げさに悲しげな表情を演出していたエッジも、それにつられて笑い出し、気づけば二人で声を立てて笑っていた。
「そういうお前は?」
「夕食の買い出し。今日はボクの担当なんだ」
「おまえ、料理なんかできんの!?」
 ひらひらとポケットから出したメモを振るJに、エッジは思わず足を止めて問い返していた。
「失礼だなあ、ボクだってそのぐらい」
 半歩先で足を止めて振り向いたJは、すねたような表情から一転、いたずらっぽく笑んで先へ進む。
「まあ、レパートリーは狭いよ。買い出しと簡単なお手伝いがメイン」
「なんだ、驚かすなよ」
 息を吐き出しきってから、歩調を緩めてエッジを待っていたJに追いつき、二人はまた一緒に歩き出す。
「どこまで行くの?」
「あー、適当に種類たくさんアイスが売ってる場所。どこか知らね?」
「スーパーとか?」
「じゃあそれでいっか。どう行けばいいか教えてもらえるか?」
「ボクも目的地そこだし、一緒に行こうよ」
 実はこういうのは珍しい取り合わせだと、胸の内でなんとなく考えながらエッジはそれに素直に賛同した。



 地元密着型のそのスーパーは、こぢんまりとしながらもそれなりの品揃えを誇る。
 野菜やら肉やらを慣れた手つきでてきぱきとかごに放り込むJについて歩き、エッジはようやく目的の冷凍ケースの前に立つ。
「けっこういろいろあるんだな」
「少なくとも、コンビニよりは揃えがいいと思うよ」
 いきさつを簡単に聞いていたJは、隣でケースを覗き込みながら笑い含みに言う。
 少し悩んだものの、けっきょくエッジは種類の違うカキ氷系のアイスを六つ選び出した。
「決まった? じゃあ、レジはこっち」
 手で持っていると融けるよ、とかごの中にそれらを迎え入れ、Jはくるりときびすを返す。
 ちょうど夕食の買い出し時だったためか、混雑していたレジを抜ける頃には、日が傾きはじめていた。


 やっぱり並んで商店街の来た道をさかのぼりながら、二人は他愛のない話に興じる。
「まったく、パシリだなんてひどいよな。オレもうすぐ誕生日なのに」
「そうなの?」
 きょととした表情でまじまじと見つめてくる青い瞳に、ここまで大きな反応が返ってくるとも思っていなかったエッジは少したじろぎながら頷く。
「いつ?」
「今度の日曜」
「へえ」
 視線を前に戻したJは、納得すると同時にちょっと待っていて、と駆け出した。
 行き先はこぢんまりとした花屋。帰りに寄るところがあると言ってたっけ、とそれまでの会話を思い出しながら、エッジは花屋の前まで進んでからおとなしく足を止める。
 ここでもやはり無駄などなくさっさと用を済ませたらしいJは、しばらくもしないうちに花束を片手に、店から出てきた。



 商店街を出てしばらく行ったところで、エッジは礼と別れの挨拶を舌に乗せる。
「助かったよ」
「どういたしまして。ボクも楽しく買いものできたしね」
「これ、付き合ってくれたお礼な」
 がさがさとビニール袋から買ったばかりのアイスを適当に取り出し、エッジは遠慮の文句が音になる前に、Jの腕に押しつける。困ったように眉を寄せていた相手は、しかし、遠慮は無駄と悟ったのか、おとなしく受け取ってありがとうと微笑んだ。
「じゃあ、ボクのこれもおとなしく受け取ってね」
 返すように押し付けられたのは、先ほどJが花屋で購入した花束から引き抜かれた、一輪の花。
「前祝いだよ」
「サンクス」
 やわらかな笑顔に有無を言わせぬ強さを見て取り、エッジも素直にそれを受け取る。


「じゃな」
「うん、じゃあね」
 ひらりと手を振り、二人は背を向けてそれぞれの帰る道を進む。
 手の中の花をもてあそび、エッジはふふんと笑みを刻む。
「オレってばいいヤツだから」
 買い物を引き受けて、そしたら思いもかけず誕生日の前祝い。遠出になって手間がかかったことも、いまはどうでもいい。
 負けたけど、勝った気分。


 せっかくもらった花から花弁が零れ落ちないうちにと、エッジは帰路を急いだ。
fin.
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 街角でうっかり出会って、他愛のない話をして、思いがけないことを知って。
 ささやかながらも言祝ぎを手向け、返礼にささやかな供物を手向け。
 ちょっとしたことで積み重なっていく、彼らの幸せ。

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