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■ Lovely Maiden
 恋する女の子は、いつの時代だってきっと最強だ。


 ちょっと雑用があったから、学校帰りにFIMAに顔を出した。ボクがそういった事務関連の用事を引き受けるのは珍しくないので、事務の人とも、もう顔馴染みだ。それでも、制服姿でうろうろしているのは初めてだったから、少しだけ世間話をして、それで帰るつもりだった。
「きゃあっ!?」
「うわっ!!」
 小走りに廊下を進んで、曲がり角を折れたところで誰かにぶつかった。
「ご、ごめんなさい!」
 悲鳴からして、相手は女性だ。しまったと思いながら慌てて体を起こす。それから手を差し伸べれば、尻餅をついて眉をしかめているのは、アストロレンジャーズのジョーさんだった。
「大丈夫?」
「ええ、平気よ」
 助け起こして、怪我が特にないことを確認してから、ボクは自分のとジョーさんのかばんをそれぞれ拾い上げる。けっこう強く打ったらしくてジョーさんはまだちょっと痛そうだったけど、気丈に笑ってくれた。
「ねえ、それより」
「へ?」
 かばんを渡そうと手を伸ばせば、そのままぎゅっと両手で包み込まれる。ぱっと目を輝かせ、彼女は「これから時間ない?」と問うてきた。余りにきらきらとした様子で聞かれて、つい、勢いに流されて頷いてしまった。まあ、確かに忙しくはなかったからね。
 でも、後から思えばそれが運のツキだったんだ。
「ちょうど良かった。ちょっと付き合って!」
「え? あ、あの!?」
 ぐいとそのまま手を引かれ、ボクはめくるめくショッピングタイムへと強制連行された。


 スタートはちょっと大きな本屋さん。ブレットくんに頼まれたというナショジオを購入。それから、ノートにペンに、と普通の買い出しが続く。このぐらいの買い物なら、と思ってせめてついてきていることに付加価値を持たせようかと、荷物持ちを買って出たら、そこまでしてもらう義理はないって断られちゃった。
 それはそれで、きっと正解だったけどね。



「ねえ、こんなのはどうかしら?」
「個人的には、もうちょっと色味を抑えたやつのほうがいいと思うな」
「こっちとか?」
「うん。あと、これとかは?」
 彼女の主目的は、新しい服を購入することにあったらしい。ボクはいわゆる相談役ってところだ。女の子の視点からだけじゃなくて、男の子の視点から見てもいい服っていうのを買いたかったらしい。それで、「ちょうど良かった」と。
 いろいろ悩みながら、どれが似合うだろうとあれこれ服を当てては鏡の前に立っている様子は、どこからどう見たって普通の女の子。女だから、とかっていろいろ言われるのは嫌いみたいだけど、そんな様子を見てたら、けっきょくジョーさんだってやっぱり女の子なんだよなあって思ったのは内緒だ。ボクだって、いらない一言で相手の気分に水を差すような、そんな無粋な人間ではありたくない。
 黙って「似合うと思うよ」を連呼しているだけだとつれてきた意味がないって言われたから、遠慮は抜きで、ボクもしっかり付き合って考えてみる。自分の意見を貫きながらも相手の意見を柔軟に受け入れて、それで総合的にものを考えられるあたり、ジョーさんはとても大人だ。
「ちょっとかわいすぎない?」
 時間をじっくりかけて厳選した服を持って試着室に入る。しばらくしてから現れた彼女は、スカートの裾のあたりをしきりに気にしながら意見を求めてきた。
「そんなことないと思うよ。よく似合ってるし、色合いが大人っぽいからしっとりして見える」
「そうかな?」
 回ってみせてよ、と言ったら、ジョーさんはちょっとおどけた感じで、くるりと爪先立ちで一回りしてくれた。茶を基調にしたチェックのプリーツスカートがひらりとその動きを追って、いつもと同じ、高く結い上げた金色のポニーテールがやっぱり回る。上着はオフホワイトのデニムのアンサンブル。スカートはボクの意見が取り入れられていて、上着は彼女がはじめに選んだやつだ。
 うん、上出来。ボクのセンスだって捨てたものじゃない。
 満足してにっこり笑えば、ジョーさんも笑い返してくれた。
「よし、決めた」
「それ購入?」
「うん!」
 ぱんっと両手を打ち合わせ、彼女は試着室の中にまた消えていった。


 そのまま一緒にお茶をすることにして、他愛のない話をたくさんした。たとえば、ジョーさんはブレットくんが最近漢字のクロスワードパズルに凝りはじめたことを教えてくれて、エッジくんの日常を面白おかしく話してくれる。ボクはそれに応えて、基本的に豪くんの周辺で起こるドタバタ騒ぎと、研究所のちょっとした出来事を。
 たくさん笑って、いろいろ話し合って、喫茶店を出る頃には日が傾いていた。
 日本は安全だとはいえ、女の子がこんな薄暗い中一人で帰るのはどうかと思ったから、宿舎まで送っていくことにした。無駄足になるって気遣ってくれたけど、こればっかりは譲れない。そのかわり、かさ張っちゃった荷物を手分けして持とうという提案は却下されちゃったけど。
「今日はありがと」
「どういたしまして」
 宿舎の入り口が近づいてきたら、ジョーさんはいつもの、ニュートラルな色合いの強い彼女に戻っていた。付き合わせちゃったのは内緒だからね、といたずらっぽくウィンクをする瞬間だけ、買い物の間に見せた『女の子』のジョーさんだった。誰に、というのは具体的には言われなかったけど、きちんと伝わったので、ボクは素直に頷く。
「話ならいつでも聞くし、このぐらいなら、時間があればいくらでも付き合うよ」
 それなりに楽しかったのは事実だからそう言えば、ジョーさんは実にかわいらしくはにかんでくれた。


 はじめて会った頃とは、だいぶ身に纏う空気が変わったね。
 単に付き合った時間を重ねたからじゃなくて、もっと急激な変化。
 甘くてふわふわ。
 君がどんなに否定したって、恋する乙女であることに変わりはないよ。


「どうしたのよ、にやけちゃって」
「いや。恋する女の子はかわいいなあ、って思って」
「オヤジくさい」
「心外だなあ」
 くるくると回っていた思考が、どうやら表情に出ていたみたいだ。言い訳をする気にもならず、なんとなく軽やかに笑いあって。ふと目が合ったら、ジョーさんはすいと顔をボクの耳元に寄せて一言。
「奪ってみる?」
 からかうように囁かれた単語に続けて視界に飛び込んできた艶やかな笑顔に、ボクは不覚にもどきりとする。
 あー、すいません。ちょっと口がすぎたみたい。
「参りました」
 いったいどこの誰の言葉だっけ。でも、それは確かに、時を越えた真実。
 恋する女の子は、いつの時代でも強くてかわいい。
 要するに。
「ボクの負けです」
fin.
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 ああ、もしも僕のほうが先に君に出会っていたならば、君の魅力に果たして気づけただろうか。
 君の心を掴むことができただろうか。
 詮無い問いは答えを求めず、ただ思うのは、君が思うその人のこの上ない幸せ加減だけれど。

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