■ Flavory Flavor
「ぜーったいにチョコミント!」
「嫌だね、どうしてそんな矛盾した味を合わせるんだよ。チョコチップに決まってるだろ?」
「チョコとミントとアイスの絶妙な……ハーモニカ?」
「ハーモニー」
「ど、どっちでもいいだろ! とにかく、そのハーモニカが――」
「だから、ハーモニー。無理して難しい言葉使うのやめればいいだろ? 馬鹿がばれるだけだぞ?」
「あーっ、バカって言ったな!? バカって言ったほうがバカなんだぞ!?」
「ほお、お前がそれを言えるのか? 俺に? バカだと? お・ま・え・が?」
「う、うるせえっ! 兄貴のへっぽこぴー!!」
「勝手に言ってろ。そういうわけで、チョコチップな」
「なっ!? それは譲ってねえだろ!チョコミント!!」


 耳を打つのは、きっと一般には騒音とさえ言われてしまうのだろう二つの声で織り成される輪唱。もっとも、それは同一フレーズというより、よく似た真逆のフレーズの繰り返し。
「烈くんと豪くんですね」
「今日も仲のいいことだね」
 窓の外から響いてくるにぎやかなやりとりに、常連の小さな客人たちの訪問を知り、土屋は思わず近くにいた研究員と顔を見合わせてやわらかく微笑んでいた。
 きっと二人は大真面目に言い合っているのだろうが、それは飽くことなく続けられる、ささやかな幸せの姿だ。


「博士、こんにちは」
「こんちわー」
「ああ、二人ともこんにちは。今日はどうしたんだい?」
 研究室にひょっこりとのぞかせた顔の、高めの声が土屋を呼ぶ。
 呼ばれて部屋の奥から彼らに近寄った土屋は、にこやかな笑顔で歓迎の意を示す。気さくな弟の挨拶に鉄拳制裁を加える烈の姿も、それにまるでめげない豪の姿も、もはや見慣れた日常だ。
「いま、ダブルがトリプルなんだ! だから、Jのこと誘って、一緒に食べにいこうと思って」
「えーっと?」
「豪、それじゃあ訳がわからないだろ。もう少し、順序だてて説明しろよ」
 にこにこと嬉しそうに話されても、あまりに唐突な単語が多くて、土屋には少し、理解が難しかった。どう反応したものかと悩みつつ、それでも彼らの訪問の目的が、どうやら養い子にありそうだという点は正しく察し、土屋は喜びと困惑の入り混じるあいまいな笑みを添えて、追加の説明を烈へと求める。
 ため息と共に弟の言葉足らずな説明を指摘した烈は、しかし、その程度でめげたりしない豪にもう一度だけため息をこぼすことですべての言葉を飲み込み、まっすぐに視線を土屋に向ける。
「駅前のお店で、ダブルの値段でトリプルアイスが食べられるんです。暑いし、晴れてるし、ちょうどいいから一緒に食べにいこうと思ったんですけど」
 と、そこで単語を切り、烈は室内へと視線をさまよわせる。
「Jくん、出かけてるんですか?」
「いや、いるよ。さっきは裏庭で寝てたから、まだそこじゃないかな」
「おれ、起こしてくる!」
 土屋の言葉を聞くや否や、ぱっと身を翻して走っていってしまった豪に、烈の戸惑うような引き止める声が重なる。もっとも、そんな程度では豪の足は止まらない。さっさと見えなくなってしまった背中を二人で見送り、烈はため息を、土屋は微苦笑をこぼす。
「あの、で、行ってきてもいいですか?」
「もちろん。Jくんさえうんと言えば、ぜひ行っておいで」
「はい。ありがとうございます」
 にっこり笑ってから頭を下げ、礼儀正しくいとまの言葉を残すと、烈もまた、豪の去った方へと小走りに駆けていく。



 開け放した窓の向こうから、風と共に元気な声が部屋へ吹き込んでくる。
 強引ささえ感じられる勢いで誘うのは豪で、それを諌めながらやわらかく誘うのは烈だ。寝起きでまだぼんやりしているのだろう、いつもよりもわずかにゆったりした感じの声はJのもの。それでも土屋には、その声音の喜色をありありとみてとれる。Jは、あの二人をはじめとした子供たちと遊べることに、本当に素直な喜びを示す。そして土屋は、そんな風に喜びを見出せるようになったJが、やはり嬉しくて仕方ない。
 しばらくわいわい話していたようだが、結局、いまから出かけることで決着がついたらしい。少しだけ声が遠のいて、今度は三つの頭が部屋の入り口に現れる。
「博士、烈くんたちと、出かけてきていいですか?」
「もちろん。気をつけて行っておいで」
 伺いを立ててくる子供ににっこりと笑顔を向ければ、嬉しそうに微笑みを深め、二人の友人たちと目を見合わせる。
「行ってきます」
「じゃあな、博士!」
「こら、豪! ――お邪魔しました」
 三者三様の声を残し、子供たちは廊下へと消える。そして、楽しげな声が響いてくる。


「でさ、Jはどう思う? やっぱチョコミントだよな?」
「こら、自分の好みを押し付けるんじゃない!」
「兄貴がさー、チョコチップだって言うんだ。あれじゃつまんないよなー?」
「そんなことない! Jくん、こんなやつの言うこと聞かなくていいからね。でも、僕はチョコチップがお勧め」
「あー、兄貴抜け駆け!」
「うるさい。俺は勧めてるだけで、押し付けてない。お前と一緒にするな」
「J、絶対チョコミントがうまいから!」
「うーん、とにかく、見てから決めるよ」
「そうだね、それがいいね」
「おーっし、じゃあ早く行って、チョコミントがうまいって兄貴に言ってやってくれよ」
「豪、お前それじゃあ話が戻ってるだろ!」
「え? そうか?」
「あー、もういい。お前に言った俺が馬鹿だった」
「烈くん、そんなに落ち込まないで」


 椅子を回して外を見やれば、徐々に遠ざかる声に合わせて、道を小走りに行く小さな背中が見える。慌てなくてもいいのにと思う一方、そのせわしない動きに子供らしさを覚えて微笑ましく思う。帰ってきたらばきっと、Jが楽しい土産話を聞かせてくれることだろう。
 赤と青、二つの色を背負ってワンセットなあの兄弟と、大人びていて子供っぽい、矛盾した内面を持つあの子供。もっともっと刺激しあって、そして互いを高めあえばいいと思う。そういう存在を互いに得られることが貴重なのだと気づかないまま、いつかそのことにしみじみ気づくような、幸せな日常を重ねればいいと思う。
 そして土屋は、ぐっと伸びをして窓から離れた。
fin.
BACK        NEXT

 メルフォの御礼小説からの再録。

 正反対なようで、ちぐはぐなようで、噛み合っていないようで、でも一緒にいる二人。
 白と黒と、相反する色を一緒に持つのはパンダ。
 赤と青と、相反する色で一緒にいるのは君たち。

 flavory --- 風味に富んだ、香り高い。
 flavor --- 味、風味、フレーバー。種類。

timetable