■ ふたりでひとり
部屋に足を踏み入れた星馬兄弟は、図らずも同じ動きで視線を巡らせ、同じように息を吐き出した。普段は正反対な言動や行動を見せる二人であるが、血の繋がりには抗えない。妙なところで二人の絆を見せ付けられた気がして、Jは思わず小さな笑声をこぼしていた。
「J? どうかしたか?」
「ううん。ただ、似ているなあ、と思ったから」
「似てる? なにが?」
「豪くんと烈くん」
「はあっ!?」
「えっ、やめてよJくん!」
鈍感に我が道をいくのかと思えば、案外周囲に対して細やかな観察眼を示す豪が、耳ざとく振り返る。そのまま問いただされた内容にJが素直に答えれば、黙ってやりとりを眺めていた烈と共に、二人は同じような拒絶を示した。
「ほらね」
「ちがーう! これは似てるんじゃなくて、当然の反応!」
「そうだよ。大体、僕と豪が似ているだなんて、そんなのあんまりだよ」
くすくすと笑いながら混ぜ返せば、豪は必死になって講義を繰り広げ、烈は悲しげな表情を取り繕って生真面目に返してくる。ただし、目の奥が笑いを噛み殺しているのだから、説得力にはいまいち欠ける。
「……兄貴? おれさ、今、なんかけっこうひどいこと言われた気がするんだけど」
「気のせいだろ。俺もお前となんか似ていないって、同じこと言ってるだけじゃないか」
「そうか? そうなのか、J?」
首をかしげ、いまいち納得しかねる様子で意見を求めてきた豪に、Jは笑みの形が苦笑へとシフトしていくのを止められない。
「でも、同じことを言うってことは、似ているってことだよね?」
「あーっ、なんかわかんなくなってきた」
確認するようにさらに混乱させるような言葉を返してやれば、予想に違わず、豪は頭を抱えてうなってしまった。
豪に気づかれてはへそを曲げられるので、ひとりでぶつぶつと呟いている頭越しに、Jと烈は目配せを交し合う。そして、そろそろ潮時かと、ひとつわざとらしい咳払いをして、烈が改めて口を開く。
「それにしても、スゴイね」
彼らがいるのは、新しく改装された土屋研究所のコースルームである。
急遽WGPへの参加が決まり、マシンの調製やらなにやらを大慌てで進める傍ら、実は進められていたことのひとつだ。一体どんなレベルのコースにマシン、ライバルが出てくるかわからない。そのためにも、いままでのコースよりももっと柔軟性を持たせたものを、ということで、いくつかのエディットパターンを持たせた、実にハイテクなコースを設置したのだ。他にも、タイムの計測やマシンのバランスチェックといった、試合のための準備に基本的に必要となるだろう作業を一室で行なえるよう、土屋が頭をひねった結晶である。
簡単に設置してある機械の説明をしながら、Jは完成を聞くと同時に訪ねてきた二人を案内する。
「あんまり複雑な作業とかはできないけど、普段練習するだけなら、きっとここだけで十分だろうって、博士が言ってたよ」
「なあ、J。これは?」
新しく入れられたばかりで、まだビニールのかかっている一台のコンソールの前に立ち、豪が首をかしげる。
「これ、前はなかったよな?」
「うん。それを使って、コースの組み換えができるんだって」
目新しいことは確かなので、烈もまた興味を示す。
「組みかえって、あれを?」
「ボクも、細かいことはよく知らないんだけどね。コースの支柱が動いて、簡単なコーナーの変化とかアップダウンの変化とかならつけられるって話だよ」
大袈裟に業者が入って動いていたわりに、あまり変わりばえのない、というのが、Jとしても正直な印象だった。土屋は「みんなでそろってのお楽しみだからね」といって、いまだ改装後の新システムを見せてくれない。コースも、いままで設置してあったものと少し見た目と内容が違う程度かと思ったら、こっそり少しだけヒントを教えてくれた。
あっさり機密情報を漏洩させ、Jは星馬兄弟と共に、どう動くんだろうね、と首を傾げる。
もっとも、あまり深く考えたり悩んだりは、豪の性分には合わない。あっという間に考えを放棄して、豪はたったかとコースに駆け寄った。
「これって完成してるんだよな?」
「そうだよ」
実は、Jは既にテスト走行を終えている。コースに不備がないかをチェックするのを目的としたもので、調整中のエヴォリューションではなく、研究所に置いてあるマシンの一台を用いてのものではあるが。
走らせてみての感触は、いいコース、というものである。しばらくは、開催前の各マシンの調整用として最も使われるのだろう。直線もコーナーも兼ね備え、マシンの基本性能のバランスと仕上がりを見るためには、理想的ともいえる組み合わせのコースだ。
つらつらとそんなことを考えていたJは、だから、目の前に迫ってわくわくと瞳を輝かせている豪に気づいて、少しだけ体を仰け反らせた。
「な、な、走らせてもいいよな?」
「こら、豪!」
「なんだよ、兄貴。兄貴は走らせたくないのかよ?」
「そうじゃない。まだ出来立ての部屋に、見るだけだからって入れてもらったんだぞ?
そんな勝手なことばっかり言うんじゃない!」
「えーっ、そんなことないよな? いいよな、J?」
既に聞く耳など持たないだろう。すっかり走らせる気満々でいる豪の手には、いつの間に取り出したのか、マグナムがしっかりと握られている。
「マグナムのいまのセッティングだと、コースアウトしちゃわない?」
「セッティングしなおすから!」
やんわりとたしなめる言葉を送っても、豪はそれを婉曲的な肯定ととったらしい。あっという間に部屋を飛び出し、先ほどまでマシンを走らせていた別の研究室へと向かっているのだろう足音が、廊下を遠ざかっていく。
反応する間もなかったため、呆然と豪の背中が消えた入り口を振り返っていたJと烈は、なんとなく顔を見合わせ、苦笑とため息をそれぞれにこぼした。
「あー、もう。ごめんね、Jくん」
毎度毎度、弟の破天荒で滅茶苦茶な行動には胃が痛い。キリキリと疼くこめかみを人差し指で揉むようにして烈がうめけば、Jはくすくすと、どこか楽しげに笑い声を返してくる。
「Jくん? なにがおかしいの?」
ここは笑う場面ではないだろうと烈がいぶかしげな表情を浮かべれば、Jは「ごめん」と小さく、笑ったことへの侘びを伸べてから、ゆっくりと口を開く。
「だって、似ているなあ、と思ったら次の瞬間にはやっぱり似てないかもなあ、って思わされるから」
くるくると、一瞬たりとも同じ顔など見せない二人が、羨ましくて微笑ましくて、そして楽しくて。ごちゃ混ぜの感情は、ただ湧きあがる笑みを誘発する。
「それ、褒められてるのかなあ?」
「どうだろね」
「Jくん!」
複雑な彩を持つ烈の声に、Jは軽やかに答えて、抗議の一声を浴びる。
そうこうしている内に、ばたばたとにぎやかな足音が帰ってきて、わき目もふらずに小さな影がコースの脇へとしゃがみこむ。
「烈くんも、マシンとボックス取ってきたら?」
「いいの?」
「大丈夫。それに、豪くんだって、ひとりで走らせるんじゃつまらないよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
申し訳なさそうな中にも悪戯っぽい笑みを含ませ、烈は豪が先走らないよう見ていてくれとJに頼み込み、自らもまた荷物を取りに部屋を出る。マシンを走らせたいのは、烈とて同じ気持ちだったのだろう。先ほど出て行った豪と同じ空気を背負っているなあ、と思い、Jはまたおかしくなって唇を吊り上げたのだった。
fin.
メルフォの御礼小説から再録。
なんだかんだといいつつも、結局二人はふたりでひとり。
互いがいなければ欠けるものがあって、互いがいてこそ真価を発揮する。
だから彼は、彼らが二人でいるところに出会うのがとても好き。
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