光の軌跡を君の手が生む
■ 導く星は、君の手に
大掃除のために納戸を掘り返していた星馬兄弟の母、良江は、比較的浅い層からでてきたビニール袋に小首を傾げた。
「おやまあ」
納戸の戸を開けてすぐのところは、とりあえずものを保管するのにちょうどいいので、つい衝動買いしてしまった園芸用の肥料とか、ダイエットをしようと決意しては購入する運動器具やらが放り込んである。だが、それらのどれにも当てはまりそうにない、ごくごく普通のぺったりしたビニール袋。
縛ってあった口を解いて中身を覗いてみれば、そこには夏の風物詩の名残り。
「ああ、こんなところにあったのかい」
そこには、毎年、夏休みになればやりたいと騒ぎ出す子供のために、安売りを狙ってまとめ買いはしたものの、どこにしまったかをさっぱり忘れていた花火パックが詰まっていた。
クリスマスイヴは、三国ファイブスターランドで行われる特別レースとその後の花火大会に行こう、という話を前々からしていた。計画を練るのも楽しかったし、その日のレースのために、みんな張り切って準備を進めていた。はじめて子供同士だけで企画して遊びに行くことになって、それがとても嬉しくて、わくわくしていた。
それなのに。
直前になり、豪が風邪を引いた。
「あー、バカは風邪引かないって言うんだすけどね」
「わかんないでげすよ。バカだからこそ、風邪に乗り移られたのかもしれないでげす」
「うるせー」
「二郎丸、その辺にしておけ。藤吉も」
「はいだすあんちゃん」
「ま、病人をいじめても仕方ないでげすしね」
一番楽しみにしていた人間を放ってレースに行っても、拗ねられては後味が悪い。そこで、遊びに行くのは却下にして、こうしていつものごとく研究所に集まり、まったりとマシンを走らせてはレースを繰り返していた。
跳んだり走ったりを繰り返せば、お腹だってすく。だからレースの後は、彦佐が気を利かせて用意してくれたケーキやらチキンやらを頬張って、小さなクリスマスパーティーと相成っている。
「でも、大規模にお祝いするのもいいけど、こうやってささやかにお祝いするのもいいよね」
話のネタにと風邪を引いたことを交ぜ返された豪がむくれれば、静かにリョウがたしなめ、Jが横合いからフォローを入れる。せっかくみんなで準備して楽しみにしていたイベントを潰した弟に、申し訳なさを覚えていた烈も、そうやってそっと遠まわしに慰められて、沈みがちだった気分が盛り返すのを知る。もちろん、二郎丸も藤吉も、心底豪の風邪を馬鹿にしているわけではないし、むしろ気遣ってくれているのを、烈は知っている。
今日の出かける予定のキャンセルはみんなですぐに決定したが、不満げな豪を知って代替案を提案したのは藤吉だったし、まだ鼻の止まらない豪に、ミーティングルームからティッシュの箱を持ってきてくれたのは二郎丸だった。
「まあ、年末にも花火大会はあるでげすから、今度はそっちにみんなで行けばいいでげすよ」
「それまでに、しっかり風邪を治して、もう引かないように気をつけるんだすよ」
「そういうお前も気をつけろよ」
「おらは平気だす。ちゃんと毎日、手洗いとうがいをしているだすからな」
胸を張って自慢げに言い切った二郎丸に、豪は小さく鼻を鳴らす。悔しそうなその様子にみんなでひとしきり笑いあったところで、烈は土産があったことを思い出した。
「そうだ。遊園地の花火ほどじゃないけど、花火、持って来たんだ」
我が子のせいで楽しみにしていた花火大会が台無しになった友人諸君の話を聞いた良江が、代わりにと烈に持たせてくれたのは、先日の大掃除で納戸から発掘された、夏の忘れ物。
冬至を過ぎてまだ間もないから、日はとっくに落ちている。寒風にあたってこれ以上の風邪引きが出ないようにと、きちんとコートやらマフラーやらで防寒対策をとり、子供たちは研究所の裏庭に出た。花火をやるからには火を使うから、それまで、子供たちのパーティーの邪魔はしないよ、とばかりに別室に引っ込んでいた土屋も一緒だ。
「けっこう種類があるな」
「うん。夏にやろうと思って買って、しまったまま忘れてたんだって」
ビニールをびりびり破って花火を出しながらリョウが呟けば、烈は「おっちょこちょいだよね」と苦笑い。
「でも、おかげでこの時期にこれだけの花火にありつけた」
「そうだね、ありがたいことだよね」
ふっと口元を緩めたリョウから花火を受け取って分類作業をしていたJも、にっこりと笑う。
適当に種類を混ぜて、本数をなるべく平等になるように割り振り。寒空の下の、小花火大会がスタートだ。
「あ、烈のそれキレイだすな。どの花火だすか?」
「これ? 黄色と青の縞々のやつだよ」
「ああ、こっちにあるでげすよ。二郎丸くん、適当に交換しようでげす」
買ったまま開封もせず、さらにビニールに入れて口を縛っての保存のおかげか、しけった花火はなかった。その先をろうそくの炎にかざせば、あっという間に色とりどりのきらめきが噴き出す。それぞれに気に入った色のものを交換したり、大型のものを見せ合ったりしながら、暗闇の中に光が散るさまを、歓声を上げながら楽しむ。
「J、お前しゃがみこんで花火揺らして、なにが楽しいんだ?」
しゃがみ込んで膝の上に置いた片手に顎を乗せているJの横に、同じように座り込み、豪は友人の蒼い目を振り仰ぐ。暗闇の中、花火の光を移してきらめく彼の瞳は、昼のそれと違い、いっそ幻想的な色合いを醸し出している。
「ほら、こうやって揺らしてると、光の筋が見えてきれいじゃない?」
ゆらゆらと手先を動かして光を小さく揺らしているJの説明に、豪は気のない返事を返してからおもむろに立ち上がる。それから、本当は最後までとっておこうと思っていたお気に入りを取り出して一本に火をつけた。
「いいか、そういうのを見たいんなら、こんぐらいやらなきゃ!」
「豪、花火を人に向けるんじゃない!」
「向けてねーだろ?」
人気のない方を向き、豪は花火を持った手をぶんと振り上げる。そして、そのまま空をかき混ぜるかのようにぐるぐると動かす。
暗闇に星が散っている。夏とは違い、その存在をはっきりと主張する光の群衆を背景に、豪の手先から新たな光が散って、溶け合っていく。
「あー、ずるいだす!」
触発されて、二郎丸が隣に並んで同じように光の絵を描く。
一本目が消えたらまた次のものを。
意味も目的もなく、ただただ心の向くままに。星空に光の軌跡と星の欠片を振りまいていく。
本当は花火を振り回すのも褒められた行為ではないけれど。
仕方ないといった風情で額に手をやってため息をつくのは烈。土屋とJはにこにこと笑っているだけだし、リョウも藤吉も、黙って描かれる軌跡に見入るだけ。
「烈兄貴もやろうぜ! ほら、Jも、藤吉もリョウも!」
花火を取り替えついでに腕を引かれ、顔を見合わせてから、彼らも同じように夜空に光で絵を描きはじめる。
遠くの方から、地を這うようなドオンッ、という鈍い音が響いてきた。
「ああ、花火大会が始まったんでげすな」
「負けてられっか!」
唐突な音に、きょとんとした面々に訳知り顔で藤吉が頷けば、豪はますます腕を高く振り上げる。
星になれ、月になれ。空に浮かび、道を照らす光になれ。
遠い昔の今宵、空にはひときわ輝く星があり、この世の救い主と謳われる子供の生誕を世に知らしめたという。その子のもとへ、人々を導いたという。
笑いあいながらはしゃぐ子どもたちに、ふと思い立って、それまで黙って見守っていた土屋は背中から小さく声をかけてみる。
「メリー・クリスマス」
聞こえていないかと思ったら、きちんと聞こえていたらしい。手はそのままに、首から上だけを振り向かせて、子供たちは口々に同じ挨拶を返してくれる。そこから今度はクリスマスをお題にして遊びはじめた彼らに、仄かな微笑を浮かべて土屋は胸の内で祈る。
君たちの振りまく光が、描く軌跡が。
君たち自身と、君たちの大切な人を導く光となるように。
fin.
星を目指していざ進まん。
大丈夫、大丈夫。
君たちの往く道を照らす星は、きっと陰りはしないから。
2004年のクリスマス企画作品。
リクエストを下さった方のみ、お持ち帰り自由です。
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