We Wish You a Merry Christmas
「ではここにー、会議の開始を宣言するー」
 しまりのない声にまったりと告げられ、薄暗い部屋に集まった面々は、真剣に額をつきあわせた。
 広い会議室の中、電気もつけずブラインドを下げ、なんだか後ろ向きな雰囲気に満ち溢れている。しかも集合する面々の平均年齢があからさまに四十を越えていて、性別は男のみ。せっかくの空間があるのだから広々と使えばいいのに、片隅にちんまりとまとまっているのも、鬱陶しい空気に拍車をかける。
 一言で表現するなら、むさくるしい。
「本日の議題は――」
 そんなむさくるしさマックスの空間の中、なんとなく議長っぽい鉄心は、少しだけ威厳を意識して、重苦しく単語を区切った。
「サンタじゃ」


「いや、話し合う必要もありませんな。やはりここは、サンタ発祥の地。北欧出身の私が」
「バタネン監督は先日も腰を痛めておいでだったじゃないですか。まあ、同じ欧米系ですし、私が適役かと」
「デニスさんがいなくなったら、チームの子が不審がるでしょう。私なら、パーティーの最中に抜け出しても気づかれないでしょうから」
「なーにをゆっとる! 土屋、少しは師匠に花を持たせんかい」
 勝手にわいわいと己の主張をしているだけで、彼らの話は一向に先に進まない。日ごろの偉そうにうんちくをたれる姿はどこへやら。こんなところは、決して子供たちには見せられない。見せたが最後、完全に見捨てられるか、なめられきるか軽蔑されるか。いずれにせよ、末路は悲しみと切なさに満ちている。
「そもそも、パーティーでサンタをやろうと提案したのは私じゃないか!」
「バタネンさんは、企画を言いっぱなしで放置していたでしょう? 大体パーティーだって、企画書を出したのは私ですよ」
「いや、でも土屋さん。あなたにはファイターを慰めるという大切な役回りが」
「待て待て、パーティーをできるのはわしの一声があったからじゃろうが!」
「名誉会長は、ただ騒ぐのが好きなだけでしょう?」
「おお、デニス監督もなかなかいいことを言う。将来は私のようにダンディーになれるぞ」
「謹んで、辞退いたします」
 豪快に笑い飛ばすバタネンに、デニスはどこか遠い目だ。
 今日、彼らが小会議の名目をチームの子供たちに示し、こっそり集合しているのにはわけがある。来るクリスマスパーティーのための、イベント係を話し合いで決定するためだ。従来ならば土屋とデニス、面倒ごとを片っ端から押し付けられる二人がイベント係も分担するのだが、今回はちょっとだけ風向きが違う。
 なんといってもクリスマス。なんといってもサンタクロース。
 子供たちに夢と希望を与え、プレゼントという名の賄賂を送り、より密接なパイプを築くための絶好のチャンスなのだ。たとえそれに失敗しても、プレゼントを渡せば基本的に子供は喜ぶ。喜びついでにかわいいあの子やあの子が自分に向かってにっこり笑いかけでもしてくれれば、それで十分、儲けものだ。
 せめて日ごろからの苦労の見返りに、子供たちの笑顔くらい独占したかった二人。ここは無難に、二人でサンタの仮装をして、という話をしていた土屋とデニスのもとに、どこで話を聞きつけたのかそんな野望を秘めたご老体たちが乱入し、この騒ぎと相成っている。
「そうかそうか、それはよかった」
 何がいけなかったからこんなに面倒な事態になっているのか。ぼんやりと思い返していたデニスは、やけに嬉しそうなバタネンの声と慌てて名を呼ぶ土屋の声とにはたと我に返る。
「え?」
「そうじゃな、お前さんは土屋と違って、よーくわかっとる!」
「え? は?」
「なにをすっとぼけてるんです! いま、自分から辞退します、と」
「それは、あなたがとんでもないセリフを!!」
「だってそうは言ってなかったしー」
 鉄心とバタネン。絶妙なコンビネーションによるハーモニーだ。
 いい年こいた年寄りが、ぶりぶりと「だしー」なんて語尾につけても、気持ち悪いだけである。自分が不用意に放った言葉をいいように極大解釈されたことにようやく気づいたデニスは、すがるような視線を土屋に向ける。だが、いまのデニスを救えるのなら、土屋だって日ごろから鉄心に振り回される、悲しい生活など送っていない。深い悲しみと哀れみを湛えた視線を返せば、どこか通じ合っている二人は、すべてを諒解しあう。最近いわゆる、ツーカーの仲というほどにまで発展しつつある、苦労っぷりシンクロ率である。
 サンタ争奪戦、デニス脱落。


 ブラインドの隙間に指を挟む勢いのハードボイルドな空気を背負ってたそがれるデニスはさておき、争奪戦は続く。
 生きている年数とそれに比例、いや、指数関数的な上昇率でレベルアップしているひねくれた正確を誇るご老体二人組には、正攻法は通用しない。日常からそれを正しく学習している土屋は、両者がお互いに一歩も譲らないところを利用して、ひとつの妥協案を出した。
「どうでしょう、ここはひとつ、くじ引きなど」
「おお、その手が!」
「たまにはお前もいいことを言うのー、土屋!」
 傍で見ているだけでも背筋が冷えそうになる、年季の入った駆け引きに土屋が声をかければ、二人はぐるりと振り返ってさわやかな笑顔だ。
「負けんぞ」
「ええ、臨むところです」
 くじ引きなど単なる確率論なのだから、勝つも負けるもないだろう。
 だが、ここで下手な口を挟んではいけない。土屋の対鉄心経験値に基づく理性は、的確な警告を発する。
「じゃが、ただのくじ引きじゃあ、楽しくないの」
「では、ハズレくじには漏れなく罰ゲームを」
「え、あの? これはパーティーのときのサンタ役を決めるだけのくじなのでは…」
「かったいことを言うな! だからお前さんははげるんじゃ!」
「ハゲ……」
 さりげなく気にしていることを突っ込まれ、土屋の繊細な神経はしくしくと痛みを訴える。この精神的ないじめこそが広すぎる額の原因なのではと思わないこともないが、言えば倍返しではすまないだろうことを思い、土屋は胃を抑える。
「罰ゲームも、クリスマスにちなみますか」
「まあ、サンタがあたりなら、ハズレはあれじゃろ」
「ああ、アレですね。それはいい」
 バタネンの監督するチームと自分の監督するチームには、妙に共通点が多いとは思っていたが、発想もどうやら似たり寄ったりらしい。どこからか取り出した紙に、過剰なまでの線を引きながらアミダくじを引き始めたバタネンに、土屋はもはや諦めの境地だ。
 ああ、この二人にかぎつけられた、そもそもそれが間違いだったのだ。
「デニス監督はどうします?」
「もう脱落しとるじゃろ。いまも返事がないから不参加じゃ」
 三人とも、あたりを引く確率は等しく三分の一。
 それでも、くじ引きは、運が半分、気迫が半分だ。二人のご老体の勢いに呑まれ、自分はきっとハズレくじを引くのだろうな、と悲しい予測を立てながら、土屋はデニスの背中を眺めてたそがれる。
「よし、できた!」
「わしらにも、どれが当たりかわからんぞい」
 子供のようなご老体たちに招かれ、土屋は選択の余地なく、残された一本のくじを辿りゆく。その先にあるのは、天国か地獄か。
 サンタさん、もう子供ではないけれど、せっかくいつも苦労しているのだから、たまにはプレゼントをください。
 心の内で必死に願うその声を、聞いてくれる存在はあるだろうか。


「おお、やっぱりハズレか!」
「そんな気はしましたよ」
 わははっ、と、どこまでも元気な両サイドのご老人。
 日ごろの苦労に報いてくれない神様に土屋が愚痴をこぼしたくなるのは、いつだってこんな瞬間だ。
fin.

 誰が楽しいクリスマス?
 彼らが楽しいクリスマス。
 彼らが切ないクリスマス。

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